坂の多い街・麻布十番を、由来をたどりながら散策する

一の橋公園を貫く古川から高台に向けて広がる麻布十番は、坂の多い街でもあります。港区内には89の坂がありますが、なんとそのうち42の坂が麻布地区に集中しています。その坂の名前の由来や、往時を偲ばせる歴史を知って麻布界隈を歩けば、もっと麻布を好きになる楽しい散策になることでしょう。

仙台坂
二の橋交差点付近から麻布十番3丁目を通って仙台坂坂上交差点に至る、麻布十番商店街の境界線にもなる坂。その名のとおり、江戸時代は仙台藩伊達家の下屋敷があったことがその名の由来です。明暦の大火の後、四代目藩主・綱村の隠居所となった場所であり、坂の南部一帯に下屋敷が作られました。現在、韓国大使館があるあたりです。古来よりウグイスが有名で、松尾芭蕉もこの地で「うぐいすをたずねてたずねて阿佐布まで」という句を詠みました。

鳥居坂
六本木5丁目あたりから南に下るこの坂は、日本屈指の華麗なる歴史を紡いできた坂のひとつです。江戸時代、幕末は、丸亀藩の支藩である多度津(たどつ)藩・京極家の屋敷がありましたが、その後は初の外務大臣となった井上馨の所有となり、さらに三菱財閥総帥・岩崎小弥太らの手を経て、国有地となりました。そのため、明治〜大正期のこの坂の周辺は大変優雅で、華族・三条邸や鳥居坂御料地などが置かれ、1884(明治17)年には東洋英和女学校が開校しました。坂の名前の由来は、江戸時代に鳥居氏が住んでいたという説と、坂上に神社の鳥居があったという説もあり定かではありません。

南部坂
南麻布4丁目と5丁目の境界にある坂で、坂上にはドイツ大使館があります。江戸時代、現在の有栖川宮記念公園のあたりに、奥州南部藩の屋敷があったことから名付けられました。もともと有栖川宮記念公園には浅野内匠頭長直の下屋敷がありましたが、1656(明暦2)年、南部山城守思直の中屋敷(現在の赤坂氷川公園あたり)と相対替があり、南部藩が麻布に移ることとなりました。そのため赤坂にも「南部坂」が存在しています。

暗闇坂
麻布十番2丁目から元麻布3丁目方面に延びるこの坂は、昔は木々が鬱蒼と茂り、昼間でも暗かったことから、この名前が付きました。あまりの暗さゆえ、幽霊や妖怪の伝説も数多く生み出され、「幽霊坂」とも呼ばれたほど。現在では、左側にオーストリア大使館が立ち、木漏れ日が漏れる明るい坂となっており、当時の面影はどこにも見当たりません。坂の上には一本松があり「江戸名所図会」にも登場しています。

一本松坂
元麻布1丁目、2丁目ととおる坂道。源経基(みなもとのつねもと)などの伝説を持ち、古来より脈々と植え継がれてきた一本松が坂の南側にあるため名付けられました。この一本松は「麻布七不思議」の一つでもあり、甘酒を竹筒にいれてこの松におさめると咳が治るといわれていました。この一本松付近は変型交差点になっており、それぞれ一本松坂、暗闇坂、大黒坂、狸坂につながっています。また岩波正太郎「鬼平犯科帳」には「麻布一本松」という話も登場します。この一本松は5代目の松の木になります。

狸坂
元麻布2丁目、3丁目付近にあるこの坂は、人をだます狸がいたことから名付けられた坂。この坂に住んでいた狸が、石を赤ん坊に見せかけて人間たちに運ばせていたため、いつもこの坂には石塔などが転がっており、「狸坂」と呼ばれたそうです。港区にはなんと1960(昭和35)年ごろまで狸が棲んでいたというから驚きです。狸坂は、泉鏡花「雪柳」にも登場し、岡本綺堂は「綺堂むかし語り」のなかで狸坂にまつわる句を詠んでいます。別名、旭坂といいますが、これは東にのぼるためと言われています。

永坂
麻布永坂町から六本木5丁目までつながるとにかく長い坂道。名前の由来は定かではありませんが「長い坂だから」というのが有力説となっています。坂の途中には、江戸時代から続く老舗の蕎麦屋「永坂更科」があります。正岡子規も「蕎麦屋出て永坂上る寒さかな」という句を残しています。なお、港区では1962(昭和37)年以降、港区でも新たに街区制定が行われ、古い町名は続々と姿を消しました。そんななか、麻布永坂町と麻布狸穴町はその名が今なお残っています。

狸穴(まみあな)坂
麻布台2丁目から麻布狸穴町にある、永坂の東に位置する坂道。昔、この坂下にメスだぬきが住む大きな穴があったことに由来するといわれています。この穴は採鉱の穴だったとも言い伝えられており、この古洞がいつごろからあったかは不明で、「麻布七不思議」の一つとされています。ちなみに、「まみ」とはメスだぬきやムササビ、アナグマなどのことだそうです。

鼠(ねずみ)坂
港区で唯一、旧町名が残る麻布永坂町と麻布狸穴町の境をとおる長い坂道。ねずみしか通れない細い道が名前の由来ですが、江戸では細長く狭い道を「ねずみ坂」と呼ぶ習わしがあったそうです。今ではその狭さも解消されています。この坂は島崎藤村の短編小説『嵐』の舞台の一つ。坂の上は植木坂につながっています。

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